東京都立小児総合医療センター 総合診療部感染症科、免疫科 部長
小児感染症センター センター長
堀越 裕歩 先生
2020年、私はWHO(世界保健機関)の感染症専門家としてマレーシアに赴任し、感染対策の支援にあたっていました。2021年になると、国外から感染力と毒性が高い新型コロナウイルスのベータ株が流入し、感染者が急速に増えていきました。まだワクチンも有効な治療法もなく、多くのリスクの高い人の命が失われていました。そんなある日、私自身が感染しました。強い倦怠感と咳、微熱が続き、PCR検査で陽性。この時期のマレーシアでは全員が施設隔離の方針だったため、現地の感染症専門病院に入院しました。
激しい咳と息苦しさ、発熱が続き、軽い肺炎を併発したと思われます。状態が悪化すれば、異国の地で命を落とすかもしれない——そんな不安もよぎりました。発症3日目、突然、味とにおいが全く分からなくなりました。お茶を飲んでも味も香りもせず、食事もただ口の中に物があるだけ。「これが新型コロナの味覚・嗅覚障害か」と、身をもって知ることになりました。
11日目にようやく熱が下がり、12日目に退院。体重は5キロ減っていました。隔離が終わると、職場近くのお気に入りの屋台のカレーを食べに行きました。激辛のはずなのに辛さを感じず、汗だけが出る不思議な体験でした。1か月ほどで少しずつ味が戻り、週に1度同じカレーを食べながら「今日は少し辛い」と感じられるようになり、味覚の回復を定点観測していました。
一方、においの回復は遅く、3か月経ってもトイレの臭いすら感じませんでしたが、「嫌なにおいが分からない生活も悪くない」と前向きにとらえました。強いにおいは徐々に分かるようになりましたが、日本に帰国して半年たっても洗濯物の生乾きの臭いが分からず、妻に指摘されて気づくほどでした。においが正常に戻ったのは1年ほど経ってからです。
帰国後、おそらく日本で初めての小児専門のコロナ後遺症専門外来を東京都立小児総合医療センターに開設しました。コロナ罹患後に味やにおいが分からないと悩む子どもたちに、「臭いにおいが分からない生活も悪くないよ」と伝えると、「実体験をした先生にそう言われると説得力がありますね、少し安心しました」と言われました。多くの小児の味覚・嗅覚障害は自然に回復します。自分の体験が、患者さんに何事も悪い面だけではなく、ポジティブな面も捉えるようにと話せるきっかけになったと思います。